日本の公けの機関や学校などなどで義務付けられている “制服”が
夏用の半袖から合服へと切り替わるのが10月の頭。
最近は省エネ対策に添うようにと、実際の気温や気候に合わせる場合もなくはないが、
そもそもからして その時分と言えば
どんなに猛暑だった夏の後でも朝晩は結構涼しくなる。
昼間は汗ばむほどの暑さの中で過ごしても、
陽が落ちて帰途に就く段となってから、
ああ上着が欲しいなと思うほど 剥き出しのままな二の腕が冷えて困った覚えは
どなたにもあるのではなかろうか。
「さすがに熱っつあつの鍋やグラタンはまだ早いけれど。」
それでもコンビニのレジ横におでんを見ると
ちょっと摘まみたいかななんて思う頃合いにはなったよねと。
一緒に帰宅した背の高い元師匠の屈託のない言葉へ、
お人形のように精緻に整った白い顔をふわりとほころばせ、
ええと小さく顎を引いて頷く黒衣の青年で。
芥川の勤め先からの帰途に ふらりと太宰が姿を現すという格好の示し合わせは相変わらずで、
今日のような一般のサラリーマン並みの定時帰宅なんてのは週に一回あるかないか、
深夜に幕が上がろう、内密になってるはずな殲滅任務の出先にだって
どういう伝手から情報を得るものか、
さすがは武装探偵社とだけで片付けちゃあいけないような神出鬼没さで現れる、
相変わらずに恐るべき元大幹部様なのへ。
芥川のみならず周囲の側近らもさすがにそろそろ慣れたのか、
今日なぞも一旦本拠へ戻りつつあったベンツを緩やかに停めた黒蜥蜴の黒服が、
『…隊長。』
舗道にお迎えがいらしてますがと、
書類に視線を落としていた主へ畏れながらと声を掛けたほど。
乗っていただきますか?と続いたのへ、
いや、ここでいいと降り立っての途中直帰と相成ったのもいつものこと。
護衛任務を無事に完遂し、
首領への報告も済ませてあるので構わないとの判断の下なのはいいといして、
そういう仕事だったのだと向こうに通じているところが恐ろしい。
だがだが、そういう深みにまでは敢えて詮索はしない、
いい部下いい側近で固められている、芥川遊撃隊だったりするらしい。
(機転への指南役は樋口さんと広津さんかな?)笑
……それはともかくとして。
身を置く職場は位置的にも業種的にも信条的にもまるきり別な彼らだが、
不思議と日頃のいでたちは似ており。
さすがに夏の間は中衣姿だったものが、そろそろ無難かと
足元まであろうかという長々した外套を揃って羽織り出した今日この頃で。
辿り着いた自宅にて、
師が脱いだの受け取って、自分のそれと順々にハンガーへと掛けておれば。
途中で買い揃えた夕餉用の食材あれこれをキッチンまで運び込み、
野菜を洗って切り分けるという下ごしらえを始める太宰だったりし。
「あ、僕が…。」
見栄えは頼もしいし、実際、ようよう躾けられたその手は何を扱わせても優美に機能する。
そんな手が、しゃりんという涼やかな音がしそうな切れ味思わす包丁を手にし、
無骨なじゃがイモの皮を…そこは不慣れだからか じりじり剥くのを見、
慌てたように足を運びつつ “自分がやりますよ”と芥川が言いかかると。
皆まで言わせず、
「このくらいはさせてよ、少しは腕も上がったんだよ?」
ふふんと微笑う。
こんな風に彼と共に宵以降を過ごすようになってから、
黒の青年の側のみならず、
小食で相変わらずに脆そうな体躯をしている愛し子のためにもと、
太宰の側も彼なりに少しずつ学んでいるようで。
自分もかつて在籍し、
他でもない彼をそりゃあ容赦なきスパルタでしごいた身だから重々判ること。
ポートマフィアというのは異能だけじゃあ生き永らえられぬ過酷な組織だ。
弱者にも平等にと設けられた法だの権利だのなんて実のない紙屑のようなものとし、
自身若しくは属する組織の力こそがモノを言う裏社会に君臨する覇者であるがゆえ。
貢献出来ない者はどれほどの忠心を捧げても切り捨てられる非情なところ。
それに、油断できないのは敵組織だけじゃあない、味方の中にも浅ましい輩はおり、
真っ当な力ではかなわない相手へも、
毒々しい嫉妬から、あるいは止めどなき欲心から
足を引っ張ろうと虎視眈々隙を狙っている者も少なからずいようから。
せめてその痩躯を頑健なものに培って、と
ちょっとでも隙があれば問答無用で叩きのめした結果、
物理的には殴られ強くはなったようだが、(おいおい)
食で内側からも支えねばとさんざん言ったのにこの子はもぉお〜〜と。
とあるバーでのみ顔を合わせる知己たちへ、こっそりながらどれほど愚痴ったか知れぬ。
無花果とお茶だけで3日4日過ごせてしまうとし、
なかなか改善されなかったそこだけが、離反の折に何とも心残りだったうら若き師だが、
“中也が引き継いでくれて助かったよねぇ。”
それを幸いと言って良いものか、
自分が去った後の彼の傍らには、
あの紅葉から花嫁修業(?)を叩きこまれている中也がいたため、
兄属性を発揮して美味しいものを何とか食べさせてくれてたようだしと安堵したその上で。
今は自分も頑張らねばと、暗黒物質だけは作るまいとの決意の下、
基本からを学び始めているところ。
本格的な花嫁を目指しているでなし、そうともなりゃあ世には便利グッズというものも数多ある。
探偵社の顔ぶれには意外と料理に通じている者がいて、
国木田や谷崎も料理は手慣れているし、鏡花がまた なかなかに器用で上手とあって、
手が空いた折には簡単なものを社の給湯室で教わっており。
そうだったピューラーを使うんだったと
遅ればせながら気がついて抽斗から取り出しついでに口にしたのが、
「こないだもね、敦くんと一緒にオムレツに挑戦したんだよ?」
フワフワとろとろのうちに形作るのが大変でと、
ジャガイモと包丁を持ったままフライパンの柄をどう振るったか再現して見せてから、
ああ、これって中也には内緒にしておいてね?
敦くんとしては、ビックリさせてやりたいだろうから、と
そう言う自分も あのちびっこ幹部への共有の秘密を持つのがよほどのこと楽しいらしく。
涼し気な目許を細めて笑ったお顔が、何とも言えず麗しくも暖かで。
「〜〜〜っ。//////」
わあ、そのおかおでいきなりふりむくのははんそくですと、
胸のうちでの言葉さえ、動揺からの片言になってしまった芥川で。
「…芥川くん?」
「あ、いえあの。////////」
大きな瞳を真ん丸に刮目していたものが、
掛けられたお声に真っ赤になって、何故だか泡だて器を手に何でもありませんと狼狽える。
肉じゃがとさんまの塩焼きと小松菜のお浸し、きんぴらごぼうに、
それと茶碗蒸しの予定じゃあったから、使う道具に間違いはないかもだったが、
“国木田くんが
卵液は菜箸で掻き混ぜた方が堅くならないって言ってたけどなぁ。”
おおお、と、もーりんも驚いたほど、
今日は珍しくも太宰さんの側から天然発言が出てしまったりするのである。(こらこら)
◇◇
今日は和風の献立だということで、
さほど凝ったものじゃあないながらも形は揃えた小鉢や長い角皿などを食卓へ並べ、
茶碗蒸しにはちゃんと蓋の付いた鉢を使う辺りは、
頻繁に作ることが前提で用意があったという背景を感じさせ。
………で
とある食器が二客ずつだったのへ気づいてから、
太宰としては実のところ…ちょっとばかり複雑な気分にさせられてもいたりする。
たまに来る客人用にというそれ、
やや行儀の良い型の、男女兼用が利きそうな茶碗やお椀、湯呑、
数人で押しかけられても間に合うようにという数のカップや中皿、グラスはともかく。
普段使いの飯茶碗やみそ汁椀、湯呑とマグと、大皿小皿に小鉢数種。
明らかにお揃いで色違いのが二人分揃えられており。
地の色、若しくは差し色というかたちで、赤と黒という二色でそれぞれ統一されている辺り
“この子のと、中也のなんだろうなぁ。”
食育をしてくれたのは感謝しているし、
見守るというお世話をする以上、作っただけで じゃあなと帰るなんて有り得ない。
心持ちをほぐす意味もあってのこと、この家で共に食事もしただろうから、
それに必要なそれらがきっちり揃っていて、
尚且つ、使いやすい場所へと整理されてあっても不思議はなくて。
「でもね、やっぱり微妙にショックだったのはホントのことでね。」
「えっと…。」
再会叶ったばかりの頃ならともかくも、
さすがにこうまで経ってからのお話とされているからか、
食後のお茶をと小さな盆へ湯呑を2つ載せて運んできた青年も、
恐縮も控えめなそれで、困ったなぁという苦笑を浮かべる程度となっている。
聡明さが過ぎてのこと、どちらかといや合理主義者で
時に口答えを許さぬ我儘な暴君のように見せといて、
その実、こういうことへは細心の注意を払えるお人でもあって。
なので、微妙な機微が絡まる話と判っていればこそ、
破天荒で強靱な異能を操る身なのに、感受性が微妙な青年を落ち込ませないよう、
今時分にやっと、冗談口のようにして持ち出したのであり。
その中也が使っていたとされる食器も、
今は使用頻度が落ちたがため、
やや奥まったところへ仕舞われているからこその言でもあって。
「幾らムカついちゃってたとしても、」
実際、そこへと気づいてカチンと来はしたが。
あの元相棒への感謝の意に嘘はなかったし、
「一気に処分なんてするのは、私の嫉妬心があらわになってて癪じゃあないか。」
そんな子供みたいなこと、沽券にかかわるからやんないさと、
にっこり笑って言い放つ師匠のお顔の、清々しくも頼もしいことよ。
わざとらしい悪戯っぽい言いようへ、またぞろシャツ姿の青年がふふと柔らかに笑うのを見て、
ああと感じ取るのは、甘い何か
そのままその甘味を頬張ったかのよに、
太宰の口許や頬へ 格別な甘い笑みが自然に滲み出てしまい。
何でだろうかと策士殿をせいぜい狼狽えさせては、
照れ隠しだろう、味のある濃紺の湯呑が口許へと引き寄せられる。
深みのある黒い食器のあれこれへ、
いちいち寄り添うている深い藍色が、
今は定番となりつつある芥川くんチの食卓なのだった。
◇ おまけ ◇
太宰のこの家での確固たる地位…というか存在感を示すよに。
深藍色の食器が増えたのを追うように、最近目に付くのが淡いグレーのマグや椀で。
「もしかしてこれって敦くんのだね。」
「はい。」
非番が重なれば一緒に出掛けるようになった二人なのは、
太宰も承知なことであったし、むしろ良かれとも思っちゃあいるが。
あの虎くんは元来闊達な少年なだけに、
「君ら二人って休みの日はどう過ごしているの?」
どこか外へ出かけてって今時のものへ触れるのはいい刺激にもなろう、
だってこの子もあの少年も
その育った環境があまりにも特殊且つ閉塞したところだったがために、
常識も価値観も感受性も、何かと偏りが強すぎるから。
展示会へ向かって何か吸収するもよし、
雑踏に紛れて同い年世代の過ごし方を肌で拾って来るもよし。
どんどん出掛けなさいと、そこは太宰も奨励しているが、
ただ、
後片付けをしていて、
食器棚の割と手前にあったグレーのマグを見てふと思ったのが、
「食器を揃えるほど、
此処での“おうちデート”もこなしてるなんて意外だなぁ。」
何だか想像が追い付かないと、純粋にそう感じた。
例えば大雨に降られて閉じ込められちゃったような日とか、
急に休みになったからと、この場合なら敦が唐突に連絡して来て
逢ったはいいがどこかへ出かけるよな宛ても特にないよな時とか。
暑い中ではとりあえずの外出も億劫だろうし、
女子高生じゃあないのだからお喋りのネタだってそうそう続きはしなかろに、
“これが私と中也とか国木田くんだとかいうなら酒盛りというのも有りだろうけど。”
ここでマグを互いの手の中へと抱え、
一体何をやっている二人なのかが真に想像できなくて。
それでと小首を傾げた師へと、
「?? 大したことは。」
芥川の方でも特に何かという覚えはないものか、
きょとりとしてから、それでも う〜んとと思い出そうとして見せる。
揃って戻ったリビングの、座り心地のいいソファー。
先にゆったり坐した太宰が腕を伸べ、
おいでといざなわれたそのまますぐ傍らに腰かけて。
やや斜めに構えた頼もしくって落ち着く匂いのする懐の端っこへ、
芥川がぽそんと凭れる呼吸も実に自然。
そうですね、互いに本へ没頭していたり、
クロスワードパズルを解いてみたり。
あとは。そうそう最近はテレビゲィムにも興じます。
「テレビゲィム?」
はい。人虎が中古のそれを譲られたとかで、
共に譲られたというカーレィスやシューティングのゲィムを時々。
「あと、女子がやたら話しかけてくるロールプレイングゲィムというのも。」
“…それってもしや、ギャルゲーでは?”
魅力的でいろんなタイプの女性が多数登場し、
会話や交際などイベントを潜り抜けて親密になってゆくゲームのことで。
『ああはい、そうらしいですね?』
後日に探偵社で敦に聞くと照れたままそうと言い、
ボクも初めてやったんですよねと頬を赤くする。
たかがゲィムに何て純情なのやらと微笑ましかったものの、
『やたらと女子ばかりが出てくるわ、話しかけてきちゃあ怒り出すわで、
当初はちんぷんかんぷんだったのですが。』
恋愛シュミレーションものなんて失礼ながら二人とも縁がなさすぎなのに、
ましてや…これからはともかく今の今は頼もしい恋人(♂)も居て、
そんな萌えなぞお呼びじゃあなかろうし、対処法にしたって疎かろに。
芥川が言うには一応決着させてエンドロールまで見たとのことで。
違和感があったろに、終わらせるまで、
いやさ芥川に限ってなら後日になっても
そういう傾向のものだと何で気づかなんだかといや、
『芥川が学校の裏庭で何故だかエクスカリバーという神剣を引き抜いてしまって。
学園ラブコメものがいきなり世界を救う話になっての、魔王軍団鏖殺エンドだったので。』
『…ちょっと待って、どこの会社の何てゲームだい? それ。』
そして誰から譲られたのかな、もしかして谷崎くんか?それとも大穴で乱歩さんかい?と、
謎は尽きないままに、おあとがよろしいようで〜vv
〜 Fine 〜 17.09.29
*ずっと前にメモしていたネタです。
新婚所帯みたいに、二人分のお揃いの食器があって、
無言で睦まじさを伝えてるようで
ちょっと癪だった太宰さんじゃないのかなとか。(笑)
中也さんもイメージカラーは黒かなぁと思わなくなかったんですが、
双方ともに黒ではネタにならぬので、
髪色から深みのある赤とさせていただきました。
「洗面所の歯ブラシは速攻で入れ替えたよ、うん。」
「威張るか、そこ。」
あと、太宰さんて料理の腕は悲惨だとなってるお話が多いですね。
黒の時代にとんでもない料理ばかり披露したかららしいのですが、
18で歴代最年少幹部じゃあ それも仕方ないのかな?
(食事なんて人任せでいいじゃんというのが常識そう)

|